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なにせ相手は犯罪国家です
2017年11月16日 (木) 22:20 | 編集
 
昨日の11月15日、当時13歳だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致され姿を消して、ちょうど丸15年が経ちました。

先月の10月15日には拉致被害者5人が帰国してから丸15年を迎えています。
その当時、この帰国を機に拉致問題が一気に解決するかもしれない、という淡い期待もないではなかったのですが、結果的に他の拉致被害者の帰国は未だ実現していません。

2002年9月に当時の小泉純一郎首相が電撃的に北朝鮮を訪問し、当時の金正日総書記と会談。この時、初めて北朝鮮が公式に拉致を認めて謝罪をしたわけでして、まさに国をあげて日本に工作員を侵入させて誘拐をしていたと、そんな「国家犯罪」が現実にあることが証明されたのです。
今では信じられないことですが、北朝鮮が公式に認めるまでは、日本の国会議員の中にも「まさか拉致なんてあるわけないじゃん」と真剣に言っていた人が相当数いたんですよ。いやマジで。


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写真の後ろには、当時は官房副長官だった安倍さんが写っています。当たり前ですけど若いですね。

そして15年前、羽田空港で政府チャーター機のタラップを下りたのは、地村さん夫妻と蓮池さん夫妻と曽我さんの5人。
1970年代後半に拉致されて2002年に帰国するまでの20数年間、北朝鮮で暮らしていたわけです。
その当時の第一印象は、やはり歯医者としての職業柄、口元に目がいくからでしょうね、「皆さん歯が悪いな、、、」というものでした。
特に曽我さんの口元は多数のムシ歯があって長年放置状態だったんだろうということが容易に推測できました。同時に彼の国での暮らしぶりや、国としての医療の浸透度も想像がつきました。
帰国後、すぐに歯科治療を受けられたのでしょう、1年後の口元は別人のようでありました。


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帰国時の曽我さんは本当に痩せておられました。
数年後には見違えるくらいにふくよかになられて、彼の国の栄養状態が劣悪であったことを伺わせたものです。

今の若い方達は知らないかもしれませんが、羽田空港でタラップを降りたこの時点では、まだ「一時帰国」という両国間の取り決めでの帰国だったんですね。
しかしこの後、日本政府は「国家の意思として帰さない」と方針を対話から圧力路線に変更して、北朝鮮に通達したわけで、当時としては「随分と強硬路線を取るんだな」と思ったものでした。
しかし、そもそも拉致は犯罪なわけで、その犯罪者に人質を返してどうするの?、ということ。そして、もしも5人が2度と日本に帰れなかったら、、、という可能性も否定できず、今思えば妥当な決断だったということでしょう。
北朝鮮としてみれば「謝罪もしたしこれで一件落着」「日本政府は約束を守って返すだろう」と、舐めていたわけでして、、、この後の北朝鮮は態度を硬化させ、日朝交渉は一進一退で、今に至るまで何も進展していないのですが。

ちなみに、あまり知られていないことですが、北朝鮮に残していた地村さんの3人の子どもは1年7カ月遅れて日本へ来ているんですね。
曽我さんの夫のジェンキンスさんと二人の娘さんも日本に来て暮らしているし、蓮池さんの子供たちも帰国して、結果的には家族分断とはならなかったわけで、今の北朝鮮と比べると、少しは人間的だったということですかね。


さて、話は変わって、、、
今日は夕方に診療室を抜けさせていただいて、口腔保健センターに行って、障害者歯科診療の班長会に出席してまいりました。
会議終わりで帰宅途中に初めて「ヤオコー」に寄りました。
いや〜、店内が広いです。
試しにローストビーフの切り落としの3割引(¥258なり)を購入してみました。
食べてみたところ、とっても美味しかったので、今後また色々と試してみたいと思ったのでした。



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