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宗教戦争の感も透けて見え
2015年01月20日 (火) 22:23 | 編集
 
「イスラム国」が日本人2人を人質に取ったビデオ映像を公開しました。
アジアの国が標的になったのは初めてで、日本政府に対して身代金2億ドルを72時間以内に支払わなければ、人質を殺害すると警告しています。
CBSニュースによれば、イスラム国が人質解放の対価に金銭を明確に要求したのは初めてであるとのこと。イスラム国は敵対視する対象を世界中に拡げる戦略なのでしょうか。

パリの出版社:シャルリの襲撃事件以来、さらにおかしなことになっているように感じます。
日本に限らず、世間では「表現の自由 vs. イスラム社会」のような構図でとらえている人が多いような気がします。
だからフランスのオランド大統領が「シャルリを支持する」と言えば、イスラム教の預言者を揶揄した紙面の内容も含めて支持をしているととられます。
大統領の本意は「支持するのは表現の自由という理念であって、表現した内容ではない」というところなのでしょうが、これを世界中から理解してもらうのは相当に難しいと言わざるを得ません。
「表現の自由」の本来の意味は「ナンデモアリ」ということではなく、表現した内容について気に入らないと批判することはできても、それに対して個人が裁きや罰を与えることはできない、裁きや罰を与えることができるのは法律だけ、ということ。
例えば児童ポルノなどは法律で禁じられていますから、それを表現すれば法によって裁かれて罰を受けることになります。
特定の宗教に対する侮辱的な表現も法律で禁じれば良いわけですが、その法律は独裁的に作ることはできませんし、暴力や脅しによって改訂されることがあってはならないでしょう。あくまでも民主的に制定される必要があります。

要するに、現行の法律の範囲内で表現をしている限り、その表現者は辛辣な批判を受けることはあっても罰を受けることはない、批判をする側も批判する自由はあるが、罰を与えることはできない、ということです。
ただし「法律の範囲内であれば何を言っても良いか」というと、そこは我々日本人とヨーロッパ、特にフランス人との間の意識のズレは相当なものがあると思います。
個人的には、今回の週刊誌の風刺画の件について「いくらなんでもやりすぎでしょ」と考える日本人的思考は好きです。フランスの風刺画の表現は下品なものが多いと感じています。
ただし、ヨーロッパの人達、特にフランス人の「自由」に対する意識の高さは良くも悪くも我々の想像を超えています。やはり血を流して勝ち取った自由、特にフランス革命で勝ち取った自由という意識は、特別なものがあるのだろうと推察します。
ただしフランスのようなレベルで表現の自由が保障されている国は、世界的、人口的に見れば極めて少数でしょう。
イスラム過激派やテロリストなどにしてみれば、表現の自由の意味など我々以上に理解できないでしょうし、そもそもテロリストに法律を説いても耳を貸してくれないでしょう。

互いの主張の押し付け合いから脱却するのは現状では無理と言わざるを得ません。
西欧諸国が「狂信的なイスラム教徒によるテロ」という表現を使うなら、テロリストは「自由に対する狂信」と感じているのかもしれません。



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