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離婚かぁ、、、
2012年10月26日 (金) 22:18 | 編集

昨日、田中康夫氏が意外と良い文章を書いているということで御紹介しましたが、今日御紹介するのは大正大学客員教授の井沢元彦氏という人が書いた文章です。
日本と韓国の関係を「離婚」に例えたところが面白いです。


以下転載、、、


韓国という国の、あるいは韓国人という人間の、日本人に対する非難に対して常軌を逸した異常なものを感じる人は少なくあるまい。これは日本人に限らない。たとえば、ロンドンオリンピックのサッカー準決勝における韓国人選手のパフォーマンスはオリンピックに政争を持ち込まないという、五輪憲章を踏みにじる暴挙である。
世界の人々が呆れ果てていると言っていい。
オリンピック委員会も見逃しには出来ないと処分を検討しているようだ。当人は「勢いでやってしまった」つまり故意ではなかったと弁明しているようだが、大ウソである。叫んだだけならともかく、ちゃんと主張を書いたボードを持っていたのだから。
しかし、こんな見え透いた弁明をよしとし、拍手喝采しているのが韓国人だ。アメリカと厳しい対立関係にあるイスラム諸国だって、あんな暴挙はしないのに、である。
なぜ、韓国人はあんなになってしまったのか?詳細に述べると一冊の本になってしまうから、ここはごく簡単に述べよう。
それは「独立」ということを「聖なるもの」にしてしまったからなのである。
確かに、植民地が独立するのは正しいことであり、逆に言えば植民地支配は悪といえよう。少なくとも民族の独立はいいことには違いない。
しかし、それを単なる「善」を通り越して「聖」にしてしまったら、一体どういうことになるか?
日本の韓国に対する植民地支配は併合であった。これは建前の上では対等な「結婚」であった。もちろん公平でないところも多々あったが、イギリスがインドを奴隷にしたのとはまったく違う。平たく言えば併合時代、日本と韓国は「夫婦」であった。
それが1945年(昭和20)の日本の敗北で、離婚となった。つまり独立である。韓国は国民を団結させるために、独立は絶対の「聖」とした。
離婚にたとえるとわかりやすいのはここである。子供に「ねえ、なぜ、ママはパパと別れたの?」と聞かれて「いい人だった」とか「たくさんプレゼントをくれた」などとは言えない。それが本当のことでも、それを言ったら「なぜ、別れたの!」ということになるからだ。ここはウソでもいい。「あんな暴力亭主はいなかった」「いつも私に稼がせて遊んでいた」と言わなければ、子供は納得しない。
同じことである。
韓流ドラマを観てもわかるように、韓国はアジア的専制国家だった。近代化を許さなかった。それを変えたのは日本である。ハングル(偉大な文字)も昔はオンムンと呼ばれ、王や貴族はまともな人間の使う文字ではないとバカにしていた。それを変えたのも日本であり、膨大なインフラ投資をして鉄道や都市やライフラインを築いたのも日本だ。
もちろん、日本にも彼等の文化を破壊しようとした罪はある。しかし、功罪という言葉があるように、日本は併合時代悪いことばかりしたわけではない。
なのに、「独立を聖化する」と、悪口しか言えなくなる。韓国の歴史教育とは一言で言えば「日本人はいかに悪者であったか」を子供の頃から頭に叩き込むことなのである。
いわば「日本人に対する憎悪」を国民団結の最も有力な道具にしているわけだ。
こういうやり方はいずれ破綻すると私は思っているが、彼等もそろそろ人間性に戻した歴史教育を教えるべき時期がきたと悟って欲しいものだ。



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