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原付の衰退と寝台列車の衰退
2022年11月15日 (火) 22:25 | 編集
 
原付の衰退が著しいらしいです。
そういえば昔は街中をたくさんの原チャリが走っていました。


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パッソル・パッソーラ、リードにジェンマにロードパル、タクトとかJOGとか一体どれだけ売れたんだっていうね。
それが今やたまにしか見ないじゃないですか。

それもそのはず、おいらが初めて免許を手にした前年の1980年に原動機付自転車は国内だけで年間約250万台を売り上げていたのが、2021年の販売台数は12万7736台。
なんと20分の1ですわ、そりゃ見なくなるわけですよ。

凋落の理由としては、やはり高額化があげられるわけでして、度重なる排ガス規制に対応するために2000年代から徐々に価格が高騰、、、1980年代のスクーターは10万円台前半が主流で、中には6万円台の廉価モデルもあったというのに、現在は最安モデルでも20万円近いというね。
さらに2006年以降は違法駐車厳罰化が追い打ちをかけたというんですな。
そういや原チャリを停められるところって、駅周辺とかにはほぼないんですよ、4輪用の駐車場ははあるのにね。

値段と気軽さでは電動アシスト自転車に、利便性と快適さでは軽自動車に負けてしまっているのが現状なんですな。
あれ?、これって寝台列車の衰退と似てないですか?。
値段と気軽さでは高速夜行バスに、利便性と快適さでは飛行機または新幹線と駅前ビジネスホテルの組み合わせに負けてしまった、、、と。

思えばおいらも10年前の2012年12月に30年間連れ添ったスーパーカブを処分して、代わりに電チャリを買ってますしね。
寝台列車に関しては、世の中の一般の人々と比較してたくさん乗ってきたとは思いますが、自分で言うのもなんですけど、おいら変わり者でしたから、、、それでも東京から九州に向かう寝台列車が完全消滅したのが2009年の3月、北海道行きの消滅が2015年8月で、以降は乗りたくても乗れなくなりました。
原チャリの衰退と寝台列車の衰退って、その理由も時期もほぼ一緒なんですね。



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驛辨ノスヽメ
2022年11月07日 (月) 22:26 | 編集
 
列車の旅の醍醐味は移動しながらの飲み食いですよね。
新幹線を始めとした特急列車であれば、トイレや洗面所にも自由に行けますので、安心です。

昨日(6日)の帰りの新幹線ではハイボールに鶏唐揚げという鉄板の組み合わせで最後の仕上げをしたわけですけど、乗車前の岡山駅においては家庭用の土産として駅弁を買わねばという使命がありまして、今日は番外編としてそれらをご紹介しようと思います。


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まずは糸崎の「すきやき弁当」です。
国産牛を使用しているというのがウリなんですけど、その割にはリーズナブル。


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すき焼きといえば、鍋から取り出したアツアツ牛肉を生とき卵に一瞬くぐらせてホカホカご飯と共にいただくわけですが、それと対局の冷や飯の上に冷めきった牛肉が載った状態で美味しく食わせるという、まさに駅弁の真骨頂であります。


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そして、日本の駅弁第一号は宇都宮駅の握り飯であったという記録もありますのでね、今回は握り飯も買ってみました。


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海苔ではなく菜葉に巻かれた白飯で具材は明太子、個人的にはこの組み合わせが好きなんですな。


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そして「かきめし」ですよ。
かきめしといえば北海道は厚岸駅のやつが有名ですけど、これは岡山の日生産をウリにしたもの。


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牡蠣が5ヶも入っていて、それを付属の「ゆずみそ」をつけていただくわけですけど、これが美味い。
もちろん冷めた状態で食すことを前提にして味付けされていて、駅弁って奥深いなぁと思わせてくれます。


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そして意外とオススメなのが「岡山名物大集合」、しかも地元の県立岡山南高校の生徒さんとの共同開発という付加価値付き。
こういう小分け詰め合わせ系の駅弁って、値段の割に大したことないのが多いんですけど、これはさにあらずでして、ひとつひとつの味付けもグッドで、酒のアテとしてもいけるというね、、、迷ったらコレで良いかもというくらいの出来栄えです。


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電子レンジで温めないことを前提に開発されているところが駅弁の特徴なわけですけど、弁当ってのは本来はそういうもの、、、コンビニ弁当に慣れた世代にこそ、駅弁を積極的に体験してほしいと思うものです。



地名に忠実なのは「片瀬」なんですけどね
2022年10月28日 (金) 22:26 | 編集

昨日、江ノ電に乗ろうと江ノ島駅で電車を待っている時に気づいたのですが、江ノ電開業120周年を記念して、ホームの柱の駅名板がレトロな復刻版になっていました。

ちなみに1902年の開業当時、江ノ島駅は「江ノ島」ではなく「片瀬」でした。
「江ノ島」に改称されたのは1929年です。


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そもそもなんでここが「江ノ島」なんだ?、というのは子供の頃から思っておりまして、実際に「江ノ島駅」から相模湾に浮かぶ「江の島」までは州鼻(すばな)通り〜江の島大橋を歩いて1.2km、15分もかかります。
島まで渡らずとも江の島が見える海辺に出るまででも550m、7分ほどかかります。
初めてこの駅に降り立った観光客は、きっと「江の島はどこ?、海見えないけど??」って思うはずです。
どう考えても、開業時の「片瀬」の方が地名に忠実で、理にかなった駅名なわけです。

江ノ電開業に遅れること27年後の1929年に小田急江ノ島線が開業します。
電車を降りてすぐ江之島が望める好立地の終着駅は、すでに「片瀬」という名称を江ノ電が使っていたことから、それと区別するために「片瀬江ノ島」という名称になりました。
「ヤバイ、このままじゃ観光客を全部小田急に持って行かれちまう」と焦った江ノ電は、小田急江ノ島線開業を受けて「片瀬」から「江ノ島」に改称したというわけです。

そのおかげで江の島観光をする人たちは江ノ電を積極的に利用するようになり、コロナ禍の直前は史上最高の乗降客を記録するようになったのでした。
江ノ島駅の2019年の乗降客は12年前の2007年から倍増(!)しましたからね、そりゃぁスバナ通り沿いの商店はウハウハですわ、、、通りの風景が様変わりするわけです。



これぞまさに狂想曲
2022年10月21日 (金) 22:26 | 編集
 
なにやらJR東日本の新幹線や特急、そして1日の運行本数の少ないローカル線が大混雑しているらしい、、、という情報が入ってきました。
平日にも関わらず普通車指定席は軒並み満席、自由席は立ち客満載だそうで、一体どうしちゃったの??
たしかに9月の学会の時の仙台からの帰りの新幹線は満席でしたし、この前の日曜日に名古屋からの帰りの新幹線も満席でした。
日本国民の旅行熱は、完全にコロナ禍の反動が起きています。
まぁでも上記2つの満席体験はどちらも日曜日の夕方ですから、、、平日なのに軒並み満席の原因がコレです。


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明日(22日)まで絶賛発売中の「鉄道開業150年記念・JR東日本パス」であります。
価格は、大人が22,150円、小人が10,150円(いずれも税込)です。
利用可能な期間は、2022 年10 月14 日(金)から10 月27 日(木)までの連続した3日間で、利用開始日の1か月前から3日前まで発売しています。
特徴はJR東日本エリアが3日間乗り放題、しかも新幹線を含む特急までもが自由席なら乗り放題、普通車指定席も4回まで乗車可能です。
これがどれだけおトクかというと、東京~仙台の「はやぶさ」の普通指定席は、正規の片道料金で11,410円ですから、往復で22,820円。
要するに、東京〜仙台を1回往復しただけで元がとれちゃうという優れモノ。
まぁ実際は普段から各種割引料金が設定されていますからね、厳密には元がとれたとは言えないんですけど、それでも東京〜盛岡なら1往復すればシッカリ元が取れると言って良いでしょう。
それが連続した3日間で利用可能ということですから、まさに超破格値、、、鉄ヲタじゃなくても利用価値が大きいと感じる料金設定ですから、鉄ヲタにしてみたらこれはもうヨダレが出まくり&眼が血走りまくりであります。

このように鉄ヲタを始めとした旅行客が殺到したことに加えて、全国旅行支援の開始も重なってしまったことが、今回のパニックを生んだ模様です。
さらに、今年3月のダイヤ改正では、軒並み減便されたり編成両数が減らされていて、現在もそのままの状態であることが、パニックに拍車をかけているというね、、、なんとも皮肉な話です。

自分は3連休はおろか2連休も取れないので、今回の「鉄道開業150年記念・JR東日本パス」は、気にこそなりましたが購入には至っておりません。

それにしても今般の狂想曲、普段から仕事で新幹線を利用している人などは、さぞかしビックリしたことでしょう。



お召し列車
2022年10月18日 (火) 22:26 | 編集

今年は日本に鉄道が走るようになってから150年という記念の年なのでで、たまには鉄道の話題などを。

お召し列車ってご存知ですか?。
最近はめっきり走ることが減りましたが、天皇、皇后、上皇、上皇后、太皇太后、皇太后が乗車するために特別に運行される列車です。


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まぁとにかく車両はもちろん、牽引する機関車までもがピカピカに磨き上げられるので、とにかく写真映えします。
撮り鉄にとっては垂涎の列車でしょうね。


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なお、車両が故障した時の代替として予備車も用意されます。
電化区間の場合は、停電時の対策としてディーゼル機関車を用意する場合もあるとのこと。
お召し列車の運行の直前(約10分前)には、通称「露払い」と呼ばれる特別の回送列車を走らせて、線路上に問題がないことを確認します。
沿線には警察官が配置され、列車上空をヘリコプターが追尾します。
とにかく徹底的な用意周到をもって運行されるのです。

そして、お召し列車を実際に運行するにあたっては、、、1) 他の列車が並んで走ってはならない、2)他の列車が追い抜いてはならない、3)立体交差では上の線路を他の列車が走ってはならない、、、という戦前からの「三原則」があって、現代の過密ダイヤの都市圏でそれを厳守するには運行関係者の多大な労力が必要になることは想像に固くありませんし、一般の列車の運行に制限がかかることも想定されます。
そのような状況を慮った陛下の御意向もあり、平成以降、お召し列車の運行回数は激減しました。

そして御乗車される両陛下もまた大変なのです。
沿線には多くの国民が集まりますので、陛下は立ちっぱなしで沿線に手を振って応え続けられるわけです。
随員から「どうぞお掛けください」と着席を促されても「まぁ、いいじゃないですか」と手を振りつづけられたというエピソードもあります。


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そしてお召し列車ではありませんが、平成の時代に横浜市の「こどもの国」を天皇御一家で訪れた時の写真、これが良い写真でありまして、、、


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以上、お召し列車のお話でした。



鉄路よつづけ いつまでも
2022年10月14日 (金) 22:26 | 編集
 
今日は2022年10月14日。
1872年10月14日に我が国初めての鉄道が新橋〜横浜間で開業し、本日でちょうど150年を迎えました。

先日、銀座に行った時に新橋駅構内の通路に掲示されていたポスターが洒落ていたので、カメラに納めました。
まずは新橋駅(今の汐留駅跡地)と横浜駅(今の桜木町駅)を結んだ歴代の車両の正面図。
今で言うところの京浜東北線の電車ですね。


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一番新しい右下が現在使用されているE233系、その左隣が2010年まで使用されていた209系、この2形式が所謂JR車両ですね。
左下の103系は1965年から1998年まで33年間運用された代表的な国鉄標準型通勤電車で、子供の頃から京浜東北線といえば、この形式でした。
中段右は103系の初期型で、初期型に比べて後期型では運転席の位置が高くなって、そして乗客にとっては何より嬉しい冷房装置が屋根上に搭載されています。
真ん中の茶色い旧型国電72系は子供の頃まだ少しだけ残っていて、何回か乗った記憶があります。

そしてもうひとつのポスターは、鉄道開業時の浮世絵風から大正アート風、高度成長期の手塚漫画風を経て、バブル期のイラスト風から現代のアニメ風へと街の風景と車両とをコラボさせたものです。


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いや〜このセンスは素晴らしい、個人的には大好きですねぇ。

鉄道150年の歴史の中には幾多の苦難がありました。
1923年の関東大震災。
1944年から1945年の戦争による空襲。
戦中戦後の混乱で詳細な被害記録は残っていませんが、1944年の東南海地震と1946年の南海地震。
1995年の阪神淡路大震災。
2011年の東日本大震災。
近年各地で頻発する豪雨による土砂災害。
そして、線路や施設が破壊されたわけではありませんが、2020〜2022年のコロナ禍による利用者の大幅減。

今や鉄道の置かれた状況は、度重なる災害に加えて、高速道路網の発達と航空運賃の低廉化により、大都市圏の通勤輸送と新幹線の主要路線を除いて先行き不透明な状況です。
特に地方のローカル線は存続すら危ぶまれています。

皆さん、鉄道に乗りましょう、鉄道を利用しましょう、鉄道を楽しみましょう。
車窓の景色が面白いですよ、駅弁が美味しいですよ、お酒も飲めますよ、いつでもトイレに行けますよ〜。






祝・西九州新幹線部分開業
2022年09月23日 (金) 22:33 | 編集

今日、2022年9月23日は西九州新幹線の部分開業の日でした。
TVでは「日本一短い新幹線」などと揶揄され、部分開業の光と影の「影」の部分ばかりが強調されて、全くおめでたい感じが伝わって来ないここ関東地方ですが、長崎県の人たち、特に長崎駅や諫早駅周辺の人たち、そして何と言っても大村市の人たちにとっては心から嬉しい出来事でしょう。
そしてさらに何と言っても佐賀県嬉野市の嬉野温泉近くの人達にとっては、待望の鉄道駅、しかもそれが新幹線駅ということで、もう筆舌に尽くし難い喜びなんでしょうね。


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思えばJR九州にとって、11年前の2011年3月12日に全通した博多〜鹿児島中央の九州新幹線が、東日本大震災のせいで祝賀的なことが全くできなかったという過去がありますので、西九州新幹線開業初日の今日ぐらいは光と影の「光」の部分にスポットを当てて良いのではないかと思ったりします。





それにしてもJR九州の作る動画はセンスあり過ぎで、シンプルに感動しますね。

そしてTVだと、どうしても正しい情報が伝えられていないところが多いのです。
ここはやはり信頼できるYouTuberの方が明らかに優れた情報発信をしてくれています。





う〜ん今度は久しぶりに長崎に行きたくなりました。



憧れのフルムーンが・・・
2022年09月06日 (火) 22:25 | 編集
 
「フルムーン夫婦グリーンパス」ってご存知ですか?。
フルムーン夫婦グリーンパスは、2人の年齢の合計が88歳以上の夫婦が、同一行程で旅行する場合に利用できるJRの企画乗車券です。
JR全線のグリーン車が5日間・7日間・12日間にわたり乗り放題で、2人で84,330円~130,320円という破格値が売り物でした。
国鉄時代の1981年に発売が開始されたロングセラー商品で、昨年(2021年)40周年を迎えました。


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このフルムーン夫婦グリーンパスが、ひっそりと販売終了したらしいのです。
例年、10月~6月が利用期間ですが、2022年は公式発表がなく、今後の発売も予定されていないとのことで、事実上の廃止となりました。

個人的には、もうすでに10年以上前から利用資格は満たしていたのですが、結局一度も利用することはありませんでした。
いつか使って旅行したい、、、40年間ずっと思って生きてきましたから、これは本当に悔しいです。
やはり、共働きの夫婦にとって5日間連続で同時期に休みが取れるのって、盆暮れ正月とGWくらいなんですけど、年末年始とGWは使用できない決まりでしたし、夏休み期間には販売もされません。
そんなわけで「どちらかがリタイアするまで無理だな〜」って感じでした。


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1981年の発売当時、グリーン車には、いわゆる贅沢税にあたる通行税20%が課されていた(通行税は1989年に廃止)ので、今とは比較にならないほどの「高嶺の花」で、グリーン車=贅沢という感覚がありました。
贅沢なグリーン車に乗り放題!という、破格値感がフルムーン夫婦グリーンパスの大きな魅力でした。
その後、グリーン車は時代とともに少しづつ、しかし着実に庶民の選択肢となってゆき、グリーン車乗り放題の魅力も徐々に薄れてゆきました。
それでもなお、まだまだお得感は十分でして、1981年当時に比べて新幹線網が全国に張り巡らされている現在、1日の移動距離という視点で見た場合には、当時よりもお得感が増しているとも言えたのです。

そんなフルムーン夫婦グリーンパスが何故ひっそりと廃止されたのか、、、それはきっと、インターネットに対応していない「紙のきっぷ」であることが大きいと思います。
現在のJR東日本の割引切符を見ると、お得な切符の多くがインターネット専売にシフトしており、紙の切符は徐々に「割高なもの」へ移行させようという意図が見て取れます。
JRが、なるべく窓口販売を縮小して人件費を切り詰めようとしているのは明らかで、今後はインターネットで予約してもらって自販機で受け取り、、、これすら通り越して今やチケットレスを推進しています。
もはや「紙のきっぷ」で、しかもグリーン車に乗る度に窓口で発券をし、しかも発券枚数に制限のないフルムーン夫婦グリーンパスは、完全に時代遅れなのでしょう。

さらに時代は変化し、同性婚とか夫婦の定義について議論が活発になっている昨今、夫婦じゃないと購入できない商品というだけで逆風となっていると思われるのです。

それにしても、1981年頃って、44歳でもう「熟年夫婦」っていう扱いだったんですねぇ。。。



特ロの話
2022年08月28日 (日) 22:25 | 編集
 
昨日取り上げた民生産業(現・日産ディーゼル)のバス広告ですが、その宣伝文句「特2のような乗り心地で評判です」の「特2」とは?、のお話です。

特2とは「特別2等車」の略称なのですが、まずは昔の等級制について触れておかねばなりません。
昔の日本は今とは比較にならないほどの格差社会でした。
国鉄の運賃は1等、2等、3等の3等級に別れていて、3等乗車券が今の普通乗車券に相当します。
ちなみに運賃価格は2等は3等の2倍、1等は2等の2倍です。
2等以上の運賃には20%の通行税が課されていたため、実際の運賃は2等が3等の2.4倍、1等が3等の4.8倍でした。

1等は3等の4.8倍なので、庶民にとっては「高嶺の花」どころか事実上の「無縁」です。
そして、この広告が掲載された時期に1等車が連結されていたのは東海道本線を走る東京〜大阪間の特急2往復だけでした。
特急の3等車ですら高嶺の花だった時代、1等車は一部の特権階級だけが利用できる別世界だったんですね。
そもそも全国で特急が走っていたのは東京〜大阪間だけなので、他の線区の最優等列車は急行でした。当時の限られた富裕層は急行の2等車に乗っていたわけです。

ところで戦後ですから、GHQの人たちも鉄道を利用するわけで、東京〜大阪間を移動するときは当然のように特急の1等車を利用しました。
それ以外の路線を利用するときの最上級設備は急行の2等車、、、ところがGHQにはこれが非常に見すぼらしく映ったようで大不評でした。
当時の2等車は3等車の2.4倍の価格とはいえ、向かい合わせのボックスシートが僅かに広く、背ズリのクッションが少し柔らかい程度でしたので、身体の大きなGHQの人間には苦痛以外の何物でもなかったようです。

そこでGHQは国鉄に特別2等車の製作を指示しました。
それまでの2等車とは異なり、座席は向かい合わせではなく進行方向を向いたリクライニング機構付きシートになりました。
シート表皮は赤のモケットで、これがその後のグリーン車のシートの標準型となり、国鉄末期まで基本設計を変えずに製作され続けます。
JR化後もシートの構造は各車両ごとに独自性が出るようになりますが、シートピッチに関しては、この当時から現在まで1,160mmで基本的に変化がなく、1等車を除けば、いかに外人サイズの破格の豪華設備だったかということです。


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昔はシートの白いカバーが頭部だけでなく腰から上が当たる全てを覆っているわけですが、これは当時斬新だった赤いモケットのシート表皮が「白いワイシャツに色移りする」という苦情を受けての措置だったようです。
昔の人ってシャツは全て白でしたし、赤は色移りするっていうイメージだったんですかね。

そんな特別2等車ですけど、車両の増備が進んでだんだんと「特別じゃない旧来の2等車」が少なくなってゆき、東海道新幹線開業や東京オリンピックが近づいてくると、世の中の格差も縮まってきました。
そこで1960年、国鉄は2等級制へ移行します。1等車を廃止し、それまでの2等車と特別2等車を1等車に、3等車を2等車へと呼称変更しました。
そして1969年、国鉄は等級制を廃止して運賃を一元化、それまでの2等車を普通車とし、1等車をグリーン車として、普通運賃にグリーン料金を足すことによって利用できるようになり、旧特別2等車は一気に大衆化したというわけです。



悪夢の国鉄債務と悪夢の空気ばねバス
2022年08月27日 (土) 22:22 | 編集
 
夏休みも明けて、本業2日目の今日は土曜日です。
今日は昨日と違って途中で息切れすることもなく最後まで仕事できました、、、というのも急患は1名だけ、キャンセル多数だったから、、、翌日の日曜の天気予報が悪い時の天気の良い土曜日あるあるですな。

さて、回を重ねております「昔の時刻表の広告シリーズ」ですが、今回をもちまして一旦最終回とさせていただきます。
上段の広告は「政府保証・鉄道債券」、利回りは7.27%という夢のような数字です。
この当時は国鉄が黒字だった最終局面であり、その後1964年から赤字に転落し、長期債務が雪だるま式に増えてゆき最終的に37兆円、、、その主要因がこの「鉄道債券」だったわけですな。
なんせ政府保証ですからね、もしも債権放棄や一部減額などが行われた日には国の信用が失われ、日本国債が暴落すれば国際問題に発展し、日本経済は破綻します。
この長期債務を補填するために、旧国鉄用地が売却されて各地で再開発が今も行われているわけです。
新橋駅東側の汐留地区とか、大阪駅北側の「うめきた」とかは代表例で、近年では高輪ゲートウェイ駅周辺もそうですね。
湘南地区でいうと、鎌倉市深沢地区の国鉄大船工場跡の広大な空き地もそれです。


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下段は民生産業(現・日産ディーゼル)のバス広告、、、このイラストに描かれている2ストロークエンジンのバスは、おいらが小学生の頃まで江ノ電バスでも使用されていました。
「空をゆく乗心地!」を謳う空気バネですが、この当時の観光バスって乗り心地がフワフワすぎて、物凄く酔うんです。
箱根などの山岳路に入った日にゃ、すぐさま唾液の異常分泌が起き、ほどなく車内のあちこちで嘔吐反射が続発、、、車内は阿鼻叫喚の地獄絵図と化すのです。
エアサスの減衰力調整が「とにかく軟らかければ高級だろ」という誤った固定観念に則って行われていたとしか思えず、、、そこに旅行なんて殆どしたこともない小学生が生まれて初めてのバス旅行の時に、この「空をゆく乗心地!」を経験しちゃったら、そりゃ酔うでしょうよ。
当時の子供心に「普段の路線バスで遠足行きたいな〜」と思わせるに十分な「空気ばねバス」だったのです。

ちなみに広告内の宣伝文句「特2のような乗り心地で評判です」の「特2」とは?、、、これは話すと長くなるので後日また。。。



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